診察症例:シェットランド・シープドッグ 10歳 メス 上皮向性リンパ腫 菌状息肉腫 T細胞性リンパ腫
主訴は「皮膚炎が治らない」との事でした。
他院にてシェルティなどに特有の「家族性皮膚炎」と診断をされていましたが、徐々に拡大傾向にあったためセカンドオピニオンとして当院に来院されました。
来院時
来院時は鼻と背中に皮膚症状が認められたため、皮膚組織の顕微鏡検査を行いました。
顕微鏡画像
顕微鏡検査ではブドウ球菌が検出されたため、抗生剤を処方し2週間経過観察としました。
2週間後の顕微鏡画像
2週間後の再来院時には菌は確認出来ず角質のみ検出されたため一旦治療は終了しました。
ですがまた2週間後に皮膚症状が再発したため受診されました。
初診より4週間後
初診時よりも脱毛が進行していましたが細菌感染は無かったため細菌性皮膚炎を除外し、真菌培養を行いました。
ですが真菌にも感染していなかったため、疥癬を疑い診断的治療をし効果が出なければ皮膚パンチ生検をご提案させて頂きました。
皮膚パンチ生検とは皮膚症状の部位をパンチで採取し、病理にて診断する事です。
今回は診断的治療も効果が出なかったため、局所麻酔にて5mm程度の組織を3か所ほど採取させて頂き、病理に提出しました。
病理組織検査の結果、「上皮向性リンパ腫」という悪性のリンパ腫でした。
初期症状は細菌性皮膚炎を思わせますが、進行していくと様々な場所に同じような皮膚病変が出たり、徐々に皮膚がただれていきます。
またこの病気の診断は病理でしか出来ないため、病理組織検査を飼い主様にもご理解して頂く必要があります。
これは皮膚表皮に腫瘍細胞が浸潤している画像です。
その他にも毛包上皮にも散在的に浸潤していました。
リンパ腫にはB細胞型とT細胞型がありますが、T細胞型は予後が不良で、白血病を引き起こす可能性もあるため、飼い主様に今後の病気の経過や治療についての方法をお話しし、次回の来院までに考えて頂きました。
そして治療を望まれたため、病理組織検査結果より10日後に抗がん剤治療を開始しました。
「上皮向性リンパ腫」の治療では「ロムスチン」という抗がん剤が主に使用されます。
リンパ腫症状の進行を抑える事が出来る反面、副作用として嘔吐から骨髄抑制・肝毒性まであり、抗がん剤使用にあたり血液検査などで必ず確認する必要があります。
今回の症例では約月に1回の抗がん剤治療を計6回行いました。
抗がん剤3回目
抗がん剤4回目と5回目
抗がん剤を初めて3か月後には皮膚症状は改善していき、皮膚症状部位は発毛してきました。
血液検査結果(抗がん剤前と3回投与後)
皮膚症状の改善は見られましたが、抗がん剤の副作用により肝臓の数値GPT、ALPの上昇が顕著に見られました。
血液検査結果(4回投与後と6回投与後)
また抗がん剤の回数を重ねる毎に肝臓の数値は上昇したため、抗がん剤投与を中止しました。
その後は血液検査などで定期的に検診を行いましたが、抗がん剤中止後も皮膚症状の進行は見られず、中止後から4か月後に亡くなりました。
「上皮向性リンパ腫」の平均余命は6カ月前後と言われていますが、飼い主様が抗がん剤の投与治療にご理解頂いた事で、皮膚症状の改善と1年弱QOLを維持する事が出来たと思います。
私も獣医師になってから「上皮向性リンパ腫」を診断した事は2例程であり、沢山の勉強をさせて頂きました。
今回の事についても沢山の検査やこの診断に行きつくまでの時間を下さったことを本当に感謝しています。